プライマリーチョーク(メインノズル)とカッタウェイの関係について

ここではキャブレターには必ず設けられるプライマリーチョークの役割と、それと対になるスロットルバルブカッタウェイの功罪について説明する。またミクニTMXがなぜ同一エンジンにおけるセッティングで、PWKよりカッタウェイが小さくても問題がないのかについても説明する。

プライマリーチョークとはどの部品か?

これはミクニTMX38をエアクリ側から見た写真である。ベンチュリ中央下側に見える、ベンチュリ内に突き出している真鍮製の部品がプライマリーチョークである。

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これは同じくエンジン側から見た写真である。メインノズルを取り囲むように壁が立っているのが分かる。またプライマリーチョーク、という文言はケーヒン、ミクニそれぞれの特許文献で使用されているので、一般名称としてこの記事でも使用する。

プライマリーチョークの役割

プライマリーチョークは、壁によりメインノズルにかかる負圧を高め、燃料を増量させる効果がある。またどの領域でより効いてくるかは、ケーヒンの実用新案

実開平05-083347 気化器のプライマリーチョーク装置

によれば、より高速域(高開度)に向けて、燃料噴出特性を立たせる(リッチに振る)ために設けられる、とある。

つまり、前回の記事で紹介したミクニ特許のイメージグラフで考えると、この図のプライマリーエアタイプの直線の傾きを大きくする方向に働くと考えられる。

つまりプライマリーチョーク高さの決め方としては、エンジンの最高出力が出る領域(当然スロットルは全開)において吸入空気量は最大となるため、ある口径のキャブを装着して最大空気量を流したときに、必要な空燃比となる燃料流量が得られるプライマリーチョーク高さを選択するのではないかと考えられる。この仮説が本当か、またプライマリーチョークによって低速側の燃料流量は変化するのか等が分かる文献は見当たらなかったため、学生時代理解することなくおざなりにこなして来た流体力学の復習をしているため後日わかり次第記事を書く。

プライマリーチョークの弊害

プライマリーチョークにはメインノズル負圧を高め、燃料流量を増大させる効果があるが、その弊害としてはスロットル中開度、低開度においてノズル負圧が高まりすぎるというものがある。低中開度ではニードルのストレート、もしくはテーパーの初期段階が働いており、全開時より流路面積は狭くなるため、負圧が高まりすぎるとわずかな流路面積の変化でも燃料流量が大きく変化してしまうことになる。つまり、ニードルの変更や摩耗によって、大きく空燃比が変わるため、非常にセッティングがシビアになる傾向となる。これがプライマリーチョークが及ぼす弊害である。

スロットルカッタウェイの功罪

プライマリーチョークの弊害を抑えるためには、低中開度ではノズル負圧を適度に低く抑える必要がある。このために設けられるのがスロットルカッタウェイで、これを設けることでメインノズルに向かって空気の流れが曲げられるので、メインノズル回りの負圧を弱めることができる。ただし、カッタウェイを設けると、ベンチュリ全体の流速が下がり、エンジンの出力が出ないという問題がある。また、メイン系のみならず、スロー系にかかる負圧も減ってしまい、スロー系の燃料流量が減少し、メイン系とスロー系の燃料流量の割合(ミクニ特許によれば分担率という)を適正にすることができない。その結果、メイン系で本来スローが担当するべき領域までカバーしなくてはいけなくなり、ニードルとメインノズルのセッティングがシビアになる。ここをシビアにしたくないからカッタウェイを付けたのに、本末転倒になるというわけだ。この2点の弊害はカッタウェイを大きくするほど悪化する。

つまりカッタウェイは空気流量(エンジン出力)を稼ぐためにはできるだけ小さいほうが理想的だが、それだと針のセッティングがシビアになりするために仕方なく設けられている。

このため、実際のキャブレターでは、ニードルのセッティングがシビアになりすぎないよう、キャブレターとエンジンに合わせて適当なカッタウェイが設けられている。またカッタウェイは先に述べたように、メインとスローの分担率も変化させる。つまり、カッタウェイを小さくすればスローの分担が上がり、またメインからの燃料立ち上がりも早くなる。逆にカッタウェイを大きくすればスローの分担は減り、メインからの燃料立ち上がりも遅くなる。このメインとスローの受け渡し領域についてカッタウェイは影響することになり、スロージェット、ニードルだけでは補正できない、またはシビアな調整が必要になる領域を担当するセッティングパーツとして、レーシングキャブレターには各種サイズが設定されている。

実際のカッタウェイラインナップと排気量ごとの選択傾向https://www.keihin-na.com/assets/1/7/carbslides.pdf

ケーヒンPWK38には3~9まで、1mm刻み、また5~8mmまでは0.5mm刻みで用意されている。ミクニTMX38にも、CR250のパーツリストによると、4~6が用意されているようだ。

www.thumpertalk.com

そしてこのフォーラムにおいて、気になる書き込みがあった。2サイクルチューニングショップのEric Gorrが言うには、125ccには#5~#6、250ccには#7~#8を推奨するとのことである。ほかにもCR250の純正#5.5が全くセッティングが出ず、これを#7にしたら改善した(後年式で純正#7に変更された)書き込みや、22以降のYZ125において#7から#5.5でセッティングが改善した例を散見した。この辺に何か肝があるはずなので、きちんと理屈が分かったらこの情報の真偽を確かめたい。またPWKのカッタウェイに関しては以上のように多数の書き込みが見つかったが、TMXに関しては今のところ見つけられていない。TMXは21以前のYZ125は#4で、キャブ最終のKTM 250EXCも#4であるのも気になっているので、まずカッタウェイセッティングがなぜ排気量によって影響を受けるのか、またTMXには排気量によらず同一カッタウェイでセッティングが出しやすい傾向があるのかについての理屈を考えている最中である。

TMXはなぜカッタウェイを小さくできるのか?

プライマリーチョークとカッタウェイの関係は、あちらを立てればこちらが立たず、という関係で、ほどよいところを見つけて選択するしかない。しかしなぜ同じ口径のキャブを、同じエンジンに取り付けても、TMXとPWKでカッタウェイが大きく異なるのか。

これは、左がPWKの#7、右がTMXの#4のスロットルバルブの写真である。ちゃんと角度を測ったわけではないのでインチキ臭い説明にはなるが、とはいえ見るだけでも明らかにTMXのカッタウェイが小さいのが分かると思う。PWK#7はYZ250純正サイズで、問題なく走ることができているし、YZ250に#4を取り付けたTMXを取り付けた際も、特にスローとメインの繋がりに不満はなかった。そのため、TMXにはなにかカッタウェイを小さく保てるような工夫があると仮説を立ててみた。ここから先は文献をもとに検証しているが、推測が多分に含まれるためご注意願いたい。

先ほど説明した通り、カッタウェイが小さいと、メインノズル負圧が高まりすぎて針と筒のセッティングがシビアになる。しかし仮にメインノズル回りだけ局所的に負圧を低く抑えることができる仕組みがあるとすれば、小さなカッタウェイでベンチュリ全体の流速を確保しつつ、針のセッティングもシビアにならない理想的なキャブレターが実現できる。それを実現したのが以下のミクニ実用新案である。

実開平07-008548 可変ベンチュリ型気化器のメインノズル

メインノズルの負圧を何とか低めつつ、カッタウェイは大きくしたくないという背反を解決するためにミクニが開発したのがこのノズルである。2サイクル用には使われていないが、TMRでハイパーノズルとして採用されている。

これはエアクリから来た空気の流れを、メインノズルを傾斜させることで受け止めて、メインノズルに導入することで負圧を弱める効果がある。これにより、ベンチュリ部流速を保ったまま局所的にメインノズルの負圧を弱めることができるので、カッタウェイを大きくせずとも針と筒のセッティングのシビアさは解消される。ということは先ほどカッタウェイを大きくするデメリットで説明した、スロー系の負圧が減って分担率が悪化するのも解消され、セッティングが容易になる。

またこれはおまけの説明だが、メインノズルのエンジン側に空いている孔は、吸い出された燃料が針から速く離れてほしいために設けているもので、レスポンスの向上を目的としている。2サイクルにはこのハイパーノズルはないので気にしなくていい。

つまり、このような仕組みがあれば、メインノズルに立つ負圧を局所的に減らすことができ、カッタウェイを大きくすることなくベンチュリ部の流速を保てるキャブになるということがこの実用新案からわかる。ここまでは、文献そのままで自分の推測は混じっていないため事実である。

ここでTMXについて考えてみる。

より小さなカッタウェイを持つTMXは針と筒のセッティングがPWKよりシビアになるはずだが、PWKもTMXもストレート径ランクは10μm刻みだし、別にシビアな印象も受けないため、TMXにもTMRのハイパーノズルのように、局所的にノズル負圧を低める仕組みがあるのではないかと考えた。

 

これは前回の記事で説明した、プライマリータイプのメインノズルに、ストレート部と筒が重なる領域に小穴を開けることで、低速域の燃料流量をブースとして、エアブリードタイプのような低速での流量特性を持たせたTMXの仕組みだ。これでパワージェット等の補器がなくても低速、高速で理想的な燃料噴出特性が得られる。

これはこのノズルの、低速域と高速域での負圧を表したイメージグラフである。通常のプライマリータイプに対して、低速域で負圧が大きく減少していることが分かる。ということはこのノズルを使うことで、TMRのノズルと同じように、ストレート域でのノズル負圧を弱めることができていることになる。これでカッタウェイを小さく保ちつつ、針と筒の隙間管理がシビアでもない理想的な状態を作ることができる。

ただここで、このTMXの穴付きノズルは低速域での燃料流量を増やすためのものなのに、低カッタウェイで生じる高いノズル負圧を減らせたとしても、燃料はたくさん出てしまうのでは?という疑問が生じた。

これは燃料流量の増減と、隙間管理のシビアさを混同したことによる勘違だと思う。たしかにTMXノズルで低速の燃料は増えるが、同時にノズル負圧も下がる。ということは低速で吸い出される燃料が増えた分は針と筒の隙間を小さくして燃料を少なくしなければならないが、負圧は低いままなので、ストレートの違いによる空燃比変化は負圧低減効果によって少ないままということになる。

実際の例で確認してみる。
実際に、TMXはPWKより針と筒の隙間が小さい(同一空燃比を得られるセットになっているとして、面積比で1/2程度)。しかしTMXのストレート径での空燃比変化はシビアではない。これはメインノズルに立つ負圧はTMXとPWKでそこまで大きな差はないが、TMXが例のエアブリード小穴の効果によって燃料流量を増大させている理屈と矛盾しない。

以上が、TMXがPWKより小さなカッタウェイを使用できる推測となる。この辺りをもう少し理屈で考えて納得したい。

本記事での引用文献は以下にまとめてあります。本来引用したグラフ、図等は全てそれぞれどの文献から引用したのかわかるようにしておくべきところ、あまりに手間がかかるという理由でこのようなやり方で引用文献を紹介する形になることを引用元および読者に対してお詫びします。

 

tutc-mitsukesibu.hatenablog.com