Lectron観察

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お友達が「余っているLectronがある」とのことで、お借りして観察することになった。又聞きの2次情報にはなるが、以下のような特徴があるらしい。

使用者の感想

・燃費がいい(倒してもガソリンが溢れない)

・車種、使い方等に合わせてプリセットされた状態で出荷されてくる。そのため違う車種用のものをつけても全く走らない

以下公式情報

・セッティングはニードルの高さ変更と、パワージェットのスクリュを調整するのみ

・標高と気温に影響されにくい

結論

・ガソリンがこぼれにくいのは事実だった

・特に高地補償、温度補償をするようなシステムは見当たらなかった

フロート室

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これは通常のキャブと特に違いはない。ただしフロート固定のピンが圧入のためおいそれと外すことは不可能。フロートバルブが摩耗したらどうするのだろう。

また国産キャブではフロートバルブのお尻にバネがついていて、バルブが締まり切った後、さらに振動等によりフロートが上昇しても安定してバルブを閉じておけるような仕組みになっているのだけど、Lectronにはそれがない。アメリカンである。

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フロート室にはオーバーフローパイプがない。ゴミをタンクに入れるようなポンコツは使うなという割り切った設計。アメリカンである。

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これはどこのご家庭にもあるミクニTMXのフロートチャンバだが、真鍮のオーバーフローパイプがついている。通常バイクを倒したとき等はエアベントチューブからガソリンがこぼれるので、ゴミ噛み等によりフロートバルブが締まり切らなくなった場合等を除きオーバーフローパイプは必要ない。そのため自分のYZでも先端をプライヤーで潰して使っているのだけど、これを見てLectronよろしくハンダで完全に埋めても良いかと思った。

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フロート室のメインノズル回りも国産キャブと大差はない。ノズルが安定してガソリンを吸えるように袴もついている。

メイン系

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話には聞いていたが、本当にメイン系以外何もない。またメインノズルがベンチュリから突き出していないことも衝撃的。壁面の流速はゼロなので、通常のキャブではベンチュリ内壁から少し突き出したところにメインノズルを設けるのが常識なのだけど、Lectronにはそれがない。

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フロート室側を見てもこの通り。メインジェット、メインノズルすらなく、ただボディに直接穿たれた穴を針が出入りするだけの構造となっている。

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この写真はTMX38のメインノズル部の写真である。通常のキャブであればこのようにプライマリーチョークと呼ばれるメインノズルがベンチュリ内に突き出している。ちなみにこのノズルが半割形状でかつ穴が開いているのは燃料の微粒化を促進し、加速時のスロットルレスポンスの向上を狙ったミクニの特許だ(特開2002-349353)。プライマリータイプとエアブリードタイプのメインノズルの違いや使用目的、特性等も分かる資料として優秀なので興味がある人は一読をお勧めする。

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Lectronのノズル部はこのようになっている。これを見るとメインノズルはないものの、メータリングロッド(通常のキャブでいうジェットニードル)の円弧部分が結果的にプライマリーチョークの役割を果たしていそうにも見える。

またTMXの写真にある通り、国産キャブにはスロー系から燃料を供給するアイドルポート、スローポートという小孔があるのだけど、当然Lectronにそんなものは無い。車のような固定ベンチュリだと絶対に成り立たないだろうが、可変ベンチュリかつメーカーで練り上げたプリセットで出荷するのならこれでもよいのかもしれない。

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メータリングロッドは鉄系で、磁石にも着いたのでマルテンサイト系ステンレスか普通の軟鋼と思われる。それに対してニードルと対になり燃料流量をコントロールする穴(通常のキャブでいうメインノズル/エマルジョンチューブ)はアルミダイカスト製ボディに直接開けられており、特にブッシュ等も入っていない。ケーヒンもミクニもニードルのストレート径は1番手あたり10μmの違いしかないので、この方式だと摩耗によって大幅にセットが変わりそうだが、針のテーパーは単一テーパーと思われるし(厳密には違うかも。ストレッチを当てて見る限りは単一に見える)、スロットル全閉時もテーパーがベンチュリ内のポートにかかっているので、ニードル高さをセットしなおせばそれでよいのかもしれない。メータリングロッド高さは通常のキャブのようなクリップ式ではなく、ねじが切られており、1/4回転ずつセットできる。実測したところ1回転で針の高さは0.6mm変化した。

メインエア系

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この写真を見てわかる通り、メイン系にエアを混合するためのメインエア経路も存在しない(右側にある穴はスターター用エア経路)。

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国産キャブでは、メイン系とスロー系それぞれに、燃料の霧化促進と気液混合流にすることで燃料の吸出しを容易にするために、事前に燃料と空気を混合するメインエア経路、スローエア経路が存在する。TMXでは真ん中下側の網がついている部分(この網もミクニ特許)がそれであり、内部でメインエアとスローエアに分かれている。ちなみに右の穴は当該キャブでは未使用ではあるがパワー系用と思われ、左はスターター系のエア経路である。

メインエア経路はエアブリードタイプ(メインノズルにブリード穴が多数空いているタイプ)のキャブの場合、メインノズル下部の液中でガソリンと混合され、気液混合流となってベンチュリ内に噴射される。2サイクル用レーシングキャブに多いプライマリータイプではメインノズルのベンチュリ内吐出口周りに空気を噴出し、燃料の霧化を助けている。

スローエア経路はスロージェット自体に開けられたエアブリード穴でガソリンと混合される。またこのスローエア経路を通るエア流量を制御しているのがエアスクリュである。

説明が長くなったが、要はベンチュリ内に燃料を吹き出す前に、燃料霧化等を目的とした事前のエア混合をする経路がLectronには全く無いのである。

で、だからどうしたといわれると知識が足りなく考察できないので、また思いついたら追記することとして、今は事実のみ書いておくことにする。

パワー系

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パワージェットも国産キャブと仕組みは変わらないが、ソレノイド等はないので、オーバーレブ領域での伸びを目的としたパワージェットカット等はできない。またパワージェット噴射口にスクリュがあり、これで噴射量は変更できる。

スロットルバルブ系

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スロットルにはカッタウェイなし。カッタウェイは角度がつけばつくほど低開度時の燃料流量が抑えられる方向に働くため、スロー系とメイン系の繋がりを調整するために設けられるが、スロー系が存在しないLectronでは必要ないということなのかもしれない。

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メータリングロッド部拡大。おいそれと交換はできなさそう。特殊工具があるのかも?

油面

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LectronとTMXで、油面からベンチュリまでの最短距離を測定してみた。結果Lectronが28.5mm, TMXが13.5mmとなっており、Lectronが異様にガソリンを吸いだす距離が長いことが分かった。

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基本的に単純気化器であれば油面差がなければ吸入空気量に比例してガソリンも吸い出され、一定の空燃比が保たれるように出来ている。ただ油面差hがあるとこの図のように、吸入空気量が少ないときは空燃比が薄く振れるような特性となる。これを防ぐためにエアブリードを設けたりスロー系を設けたりするのだけど、Lectronにはそれがない上に油面差がTMXの倍ほどある。この辺りもカッタウェイのないスロットルバルブでノズルの負圧を高めて帳尻を取っているのかもしれない。

※画像出典 魚住順蔵 他『自動車用気化器の知識と特性』

質量比較

なんとなく重たく感じたのでミクニTMX38と比較してみた。f:id:TUTC_Mitsukesibu:20230512114725j:imagef:id:TUTC_Mitsukesibu:20230512114659j:image

ホースを外してあるので多少インチキだが、TMXが580g, Lectronが660gだった。見るからにボディが肉厚なのでやはりそれなりに重い。

燃費がいい理由について

同じ場所を走ってみて、自分のPWK38装着YZ250Xが7~8km/Lであるのに対して、Lectron装着300EXCが10km/L以上走っていたので、燃費がいいのは事実である。ただ極端に外れたセッティングでない限り、セットでそこまで違いが出るとは思えないので、やはり零している燃料が少ないのだと思う。

そこで実際に検証してみた(ガソリンは危ないので不燃性の液体で)。結果、Lectronはエアベントが1系統しかなく、かつ流路も細いので、傾けたときにエアベントからガソリンが流れにくいことがまず分かった。

TMXは写真の通りエアベントが2系統あり、かつ径が大きいのですぐガソリンがこぼれる。エアベントの目的は、フロートチャンバ内の圧力を大気圧に保つことである。またガソリンが急速に消費されたときに、素早くフロートチャンバ内を大気圧に保ち、フロートバルブからのガソリンの流入を阻害しないことも重要なので、TMXやPWKではこのような2系統になっていると思われる。ただ反面転倒時には急激にガソリンがこぼれていってしまう。

また、Lectronでは油面差が大きいので、90度まで傾けてもベンチュリからガソリンがこぼれてこないことも分かった。かつ、傾けてフロートの片側の浮きにしか浮力がない状態でもフロートバルブを閉じてくれている(ように見える)ので、倒した場合無限にタンクからガソリンが落ちてくるようなこともなさそうである。

この辺りが燃費の良い理由だと思われる。

TMXでも同じ実験をしてみる。基本的に倒れた場合は1番のエアベントからガソリンがこぼれるようになっている。試しに1番のエアベントをふさいで同じように倒してみると、90度倒した場合の油面が2番のチューブの最高点を超えることはないので、エアベントからガソリンがこぼれることはなくなった。ただし油面差がLectronより小さいので、メインノズルからガソリンがこぼれるようになった。ただLectronと同じように、フロートがある程度バルブを閉じてくれているのか、1番のエアベントからガソリンがこぼれるようなダダ漏れ、といった感じではなかったこと、また1番のエアベントをふさがない状態でもメインノズルからはガソリンが多少こぼれることを考えると、別にふさいでしまってもよいような気がしてきた。これはTMXでの実験だがPWKでも仕組みは同じである。チューブをメクラするのは簡単なので、今度試しにふさいで走ってみようと思う。これとオーバーフローパイプのメクラをすれば国産キャブの燃費が劇的に改善するかもしれない。ただエアベントに関しては、ジャンプ等で燃料がフロートチャンバ上側に張り付いた場合でも燃料が速やかに落ちてくることも重要であり、それに関する特許文献も出ているのでネガが出てくる可能性もある。

Appendix

せっかく撮ったので外観写真とTMXとの2ショットを載せておく。
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